Vol.3
RICOH THETA 開発者インタビュー
機能拡張とは?
開発者に聞く。
「THETA本体があれば、直接テレビなどに映像を表示できる。そんな世界初の機能が、リモート再生です」
はじめに、THETA Vから導入された「リモート再生」の概要を教えてください。
福井「リモート再生」は、THETA本体で映像や静止画の再生ができる機能です。ご存じの通り、THETAはディスプレイを持たない撮影機器です。これまでの機種で映像を観るには、一旦スマートフォンやパソコンにデータを転送してから見る、というステップが必要でした。
今回のTHETA Vでは、リモート再生という機能を追加することで、直接テレビをはじめとするディスプレイに映像や静止画を映し出せるようになりました。その際、THETA V自体がリモコン代わりになって、自在に画像選択をはじめ、360°画面の操作もできます。ただし、このリモート再生を行うためには、無線通信を行うドングルを別途ご購入いただく必要があります。
ドングルとは、どのようなタイプのものを指しますか。
福井Miracast(ミラキャスト)対応のワイヤレスディスプレイアダプターなど、テレビのHDMI端子に挿す、無線の受信端末です。無線を受信してスマートフォンの画面をミラーリングする(映し出す)システムですね。対応機種の情報については、今後THETA Vのサポートサイトで順次公開していく予定です。
THETAはスマートフォンとの連携を前提としていますが、果たしてスマートフォンがない場合にどこまでやれるのか。そのトライアルとして本体での再生機能を入れたものが、リモート再生です。これは、THETAの歴史の中でも初めて。そして、コンシューマー向け全天球カメラでも世界初の機能となっています(リコー調べ)。
「シンプルで使いやすい。そのTHETAらしさと、多機能性を両立させるための選択がプラグインでした」
そもそもリモート再生は、本体の機能を拡張するためのプラグインとして提供される機能なんですよね。
高田THETAは非常にシンプルな撮影機器です。360°を撮影する、ということに特化した単機能なカメラとして開発されています。初号機を発売した当初から、「普通の写真も撮れた上で、360°も撮れたらいいのに」といったユーザーの方々からのさまざまなご要望は確かにありました。でも、そこは割り切って「360°だけ」という製品をつくってきたわけです。
そんなシンプルさを特徴としながら、一方ではハードウェアの進化に応じて、多機能性・高機能性をいかに具現化するか検討を重ねていました。とはいえ、欲しい機能をすべて入れこんでしまうと、操作がわかりづらくなる問題が出てきます。では、使いやすさといろいろな機能を両立させるには?そして行き着いたのが、新しい機能を付加するソフトウェアであるプラグインを採用して、拡張性を高めていくことでした。
福井プラグインで使いたい機能を入れて、自由にTHETA本体をカスタマイズする。そうした楽しみをユーザーのみなさんに提供したい、と企画したのが機能拡張です。この先、多様なリコー純正プラグインを用意することを計画しています。リモート再生は、最初のプラグインとして、デフォルトで本体にインストールして提供するものです。
リモート再生は、プラグインにする必然性があったということなのですね。
高田先程もお伝えしましたが、多様な機能をすべて本体に組み込んでしまったらどうなるか、ということなのです。たとえば、リモート再生ひとつを発現させるだけでも、手順がどんどんわかりにくくなっていってしまうんですね。それなら、本体の機能とは完全に区切って、拡張機能として起動させることで使いやすくなるのではないか、と考えたのです。それなら、初号機から受け継がれるTHETAの特徴である、「すぐに撮影してすぐに見られること」を維持したまま、いままでにない機能も入れ込めるようになるのではないか、と考えました。
福井 もしも「使わない」という方の場合は、他の機能に入れ替えていただくことも可能になる。プラグインは、ユーザーの方々の自由度を上げていけると思っています。
ファームウェアアップデートによる機能拡張は、これまでのTHETAでも提供していることなんですね。ところが、そういった機能拡張の場合は、本体に機能を足し算するものになります。ユーザーの方によってはいらない機能があるかもしれない。だからこそ、取捨選択できるプラグインという形がいいのではないかと。ちょうど、スマートフォンの普及で、「アプリを自分で選んで入れる」文化が根づいてきたことも背景にはありますね。
高田より多くの方に使っていただける機能はカメラ本体へ、メインの機能に入れる。数は少なくても「使いたい」という要望が強いお客様用に個別にプラグインを用意する。そのように捉えていただくとよいかと思います。
「App StoreやGoogle Playのようなプラグインストアの構想も。機能拡張とはTHETAの未来そのものです」
機能拡張の構想はいつからありましたか。
福井THETA Vを企画した段階ですから、1年半ほど前ですね。今回4K動画に対応することで、内部のシステムが大きく入れ替わった。4Kの動画を記録するためには従来の画像処理エンジンでは非力だったので、新規にする必要がありました。それに伴ってOS(オペレーティングシステム)も新しい物に変更されたので、何か出来る事はないかというアイデアを出していく中で、入ることになったのがプラグインでした。
プラグインを入れるために、ユーザーの方々はどのような手順を踏めばよいのでしょうか。
福井その仕組みの整備を、現在進めているところです。整備されるまでは、従来の機種と同じく本体のファームウェアアップデートに組み込まれて、入れることになると思います。ゆくゆくはユーザーの方々が個別に選んで入れられるような仕組みにしていきたいと考えています。
高田スマホアプリのアプリストア、App StoreやGoogle Playを想像していただくとわかりやすいですね。同じように私たちもプラグインのストアをつくって、インストールできる仕組みをつくっていく構想です。
福井ストアの構想は、ステップとしてはまだ先になります。時期は、現時点では未定とさせてください。
これからリリースされるプラグインは、どんなものになるのでしょう。
高田これも構想段階の話としてお伝えします。プラグインには、3つの方向性があると考えています。
◎1つ目は、「撮影をより豊かにする」拡張の方向性。
◎2つ目が、「外部の機器とつながって」できることを増やす拡張性。
◎3つ目が、「ネットワークと直接カメラがつながる」拡張性、です。
最初にリリースするリモート再生は、「外部の機器とつながって」できることを増やす拡張性の代表格です。これに関してはもうひとつ、外部のメモリと連携する機能を出したいなと思っています。従来のTHETAは、SDカードなどのメモリを使うことができなかったんですね。小型軽量でシンプルなデザインを維持するために、ユーザーのみなさんの要望は高かったのですが、ずっと見送っていた。カードスロットを1つ付けるだけで本体に厚みが出てしまうほど、内部はものすごい密度ですからね。
具体的には、本体のUSB端子を使って、USBメモリやSDカードのリーダーに接続して、さっと画像や映像を吸い出せるようにします。これまでのTHETAの弱点を、このプラグインによって克服したいです。私自身、THETA SCまでカメラの企画も担当していたのですが、ずっと実現したかったことでもありますね。
「撮影をより豊かにする」拡張では?
高田まずは360°ではない普通の写真も撮れる機能が挙げられるでしょうね。THETAの片眼だけで撮れる、画角を狭めて撮れるといったもの。
また、撮った瞬間に、カメラの中でなにかスタンプ的な画像が埋め込まれるような機能。THETAは撮影者の手が大きく写ってしまうカメラなので、手を隠すようなスタンプを入れるとか。そういった案があがっています。
残るひとつが、「ネットワークと直接カメラがつながる」拡張性ですね。
高田THETAが直接ネットにつながれば、撮った瞬間にクラウドに画像や動画をアップすることも可能になります。私たちは『Keenai』というクラウドサービスも提供しています。最大の特長は、動画を全く圧縮せずに保存できる点です。
THETA Vでは4K動画が撮れるようになります。その代わり容量はかなり重くなるので、動画の保存方法はユーザーのみなさんの課題になっていくでしょう。そのとき、ストレージとして『Keenai』をご活用いただければと。直接アップロードできる機能を、将来的につけていきたいと考えています。
「世界中のユーザーがプラグインの開発者になれる。そのサポートにも取り組みます」
機能拡張の開発において、苦労した点は。
高田なんといっても、アーキテクチャ(構造や設計)をつくることです。これまでまったくなかった新しい仕立てですから。今後私たちは、ユーザーの方々が開発したプラグインに対応することも計画しています。そうなったときに、リコー純正ではないプラグインも想定して、アーキテクチャも発展・改良していくことが求められます。
ユーザー自身が、プラグインの開発者になれる?
高田専門的な話になりますが、THETAは以前より、開発者サイトを通じてAPIやSDKを公開しています。つまり、「スマートフォン用のアプリをつくりたい」という方のために開発をサポートする手段を提供してきました。プラグインについても同様に、THETA Vの発売と同時ではないのですが、時期を見計らってAPIやSDKを公開していく方針です。
だいたい、どのくらいの時期を見込んでいるのですか。
高田あくまで個人的な目標ですが、2018年春頃に公開できればと思っています。公開する段階においては、世界中のあらゆる人が使えるようにしていきます。
では、機能拡張を開発していて、楽しかった点といえば。
福井私の仕事は、企画という立場なので…。実現できるかどうかはさて置き、「こんなこともできるよね?」とあれこれ発想しては、開発陣に投げかけていけることです。言われた開発者の方は、そうなったら検討しないといけなくなるわけで、「勘弁してくれよ」という思いはあったでしょうが(笑)。
中でも、「ネットワークと直接カメラがつながる」拡張性については、ぜひ実現したいですね。たとえば、WEBカメラ。世界中にありますが、あれをすべてTHETAに置き換えることだってできる。遠い国の景色が全方向で見られるようになる。それらを同時に撮影して合成する、ということもできるのでは。
逆に1台のTHETAを、複数の人でシェアすることも考えられます。結婚式で会場の真ん中に置いて、自分が撮りたいシーンを撮る、ということも可能になるでしょう。どんな新しい体験を生み出すことにつながるか、いまからワクワクしています。
高田私で言えば、これからの展開に向けた期待にもなりますが、世界中のユーザーさんがプラグインをつくってくれるようになることですね。もしも自分が想像もしないようなプラグインが生まれてきたら、なによりもうれしい。「こんな発想があったのか!」という。それは私自身の世界が広がる瞬間にもなるのだと思います。
「THETAと一眼レフを組み合わせる。IoTの中心にいる目として機能させる。その可能性は、未知数です」
機能拡張によって、THETAの可能性はどんどん広がりそうですね。
高田これも先々で検討しているサービスで、機能拡張との関わりについては明言できないのですが。THETAと一眼レフカメラと組み合わせて同時に撮影する使い方も、私たちは提案しています。これは、『リコー マルチイメージングテクノロジー』という、展示会で参考出展している段階の新しい技術になります。
どのようなものかと言えば、THETA とデジタル一眼レフカメラを連結した装置で、THETAの撮影と一眼レフの撮影を同時に行う。そして、2つの機器で撮影した画像をパソコンで自動処理します。すると、360°画像の中に一眼レフで撮影した箇所が合成され、そこを拡大すると高解像度で表示できる、という技術です。
これによって、全体としては360°画像ながら、注目したい被写体は一眼レフの解像度で表示するイメージをワンショットで撮れるようになります。
これは、どういったシーンで役立つ技術なのでしょう。
高田日常的に使っていただけるものだと思っています。私でしたら、子どもと風景を撮るときに使いたい。風景も大切ですが、いちばんキレイに残したいのは子どもですから。360°の画像が撮れる中でも、特に焦点を合わせたいものってありますよね。
THETAは、これからどのような存在になっていってほしいですか?
福井IoT(Internet of Things)の中心にいる「目」です。あらゆるところにTHETAがあって、写したものをみんなで共有できて、そこからまた新しい価値が生まれて、という循環のベースとなる機種になればいいなと。
高田私は、THETA初号機から現在まで全機種の開発に携わっています。その過程で目指してきたのは、「新しい映像文化をつくる」ことでした。それについては、THETA SCまで順調に開拓を進められたと思っています。ただ、まだまだ広がりとしては足りない、という感覚もあって。
今回のTHETA Vでは、4K動画、360°空間音声、BLE(Bluetooth® Low Energy)の実装などが実現しました。そこに機能拡張が加わることで、THETAの世界観はどんどん広げていけるはずです。新しい映像文化を創造するツールとして、より存在感を示していくのではないでしょうか。
プロフィール
福井 良
株式会社リコー Smart Vision事業本部
製品開発センター 商品企画部
1986年リコー入社。入社当初は半導体の設計に従事。
2000年に異動し、GXR等デジタルカメラの商品企画を担当。休日はSNS等で知り合った仲間達とテニスを楽しんでいる。
高田 将人
株式会社リコー Smart Vision事業本部
DS事業開発センター
事業開発部 データサービス企画グループ
1998年リコー入社。大学時代は精密機械工学の研究に従事。
仕事ではユーザーインタフェースの研究開発等を経て、現在はTHETAアプリの企画およびプロダクトマネージャーを担当。趣味は、育児、ゴルフ、野球観戦など。
※本内容は、2017年9月15日公開時点の情報にもとづいています。